Home ファッション 流行 ユベール・ド・ジバンシィの思い出。(Saori Masuda)

ユベール・ド・ジバンシィの思い出。(Saori Masuda)

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2018年3月12日、ユベール・ド・ジバンシィが91歳で他界したニュースが流れた。それを聞いた私は、ティーンのころに憧れ、20代半ばで入社したジバンシィ社での最初の数か月間の思い出が一気に甦った。今回は、当時の記憶を少しだけ、忘れられない写真とともにシェアさせていただければと思う。

大人の女性に目覚めた。

セーヌ河を歩くユベール・ド・ジバンシィとオードリー・ヘップバーン、正直いつ、どの写真雑誌で見たのかは残念ながら覚えていないが、私が初めてハイファッションへの興味を抱いた写真の一つだと記憶する。今になってよく見ると、オードリーが着ているトレンチが果たしてジバンシィのものかどうかも不明だが、この2人の雰囲気に圧倒され、大人の女性を初めて意識したのを覚えている。この10数年後にジバンシ社に入社するとは、そのときは夢にも思わなかったから人生とは不思議なものだな、と当時思ったのを思い出す。

パンツスーツ姿に憧れた。

パンツスーツ姿に憧れた。
ジョルジュV通りにある本社前で撮られたパンツスーツ姿のツーショット。ジバンシィが最も得意とするテイラードの美しさに目覚めた。ドレスではなくテイラードの方が得意なブランドだと知った写真である。

余談だが、入社した初日、何も入っていないはずの私のデスクの引出しに、オードリー・ヘップバーンのスイスの自宅の住所が書かれた送り状が入っていたことに驚き、公私ともに仲良かった数々の彼らのエピソードに感動した記憶がある。

黒いレースの美しさに目覚める。

黒いレースの美しさに目覚める。

入社後、PRの仕事として最も多い質問が、オードリー・ヘップバーンが映画で着た服がジバンシィのものかどうかということだったので、彼女の映画を片っ端から観た。中でもその美しさに釘づけになったのが、『おしゃれ泥棒』に登場する黒レースのドレス。あまりの美しさにどこ産のレースかを調べた。確かフランス北部、レースの名産地カレー産のものだったという記憶が今も残っている。

クチュリエとはカリスマ性があるものだと実感。

クチュリエとはカリスマ性があるものだと実感。
私が入社したのは、ジバンシィが新時代へと移り変わるときだった。が、最初の数か月はユベール・ド・ジバンシィがまだ在籍していたので、彼の40数年のファッション人生をともに過ごしたのではないかと錯覚するくらい、あらゆる資料を熟読した。

なかでも彼のカリスマ性のある姿を見ては溜息をついていたのを思い出す。

マリエとともにフィナーレを迎えた最後のオートクチュールショー。

マリエとともにフィナーレを迎えた最後のオートクチュールショー。

私の入社から3か月後、ユベール・ド・ジバンシィは最後のオートクチュールを発表した。フロントローには、イブ・サンローランを始め、当時のクチュリエや顧客の豪華な顔ぶれが並び、フィナーレには、異例の(今ではたまに見かける光景だが、おそらくこのときが史上初だった)お針子さんたちが登場。クチュールメゾンのクチュリエにとって、引退コレクションはオートクチュールなのだと教えられた。

グランドフィナーレ。

グランドフィナーレ。

ユベール・ド・ジバンシィ引退後に就任した、ジョン・ガリアーノやアレキサンダー・マックイーンによる新時代を迎えたジバンシィは、テンポも空気も働き方(就業時間に定時というものがなくなった!)も全く違う、別のブランドに生まれ変わった。そう思うと、この最初の数か月は、まさに古き良き時代のクチュールハウスの空気を感じることができた最後の時間だったのだと思う。

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